回復のカギ

カウンセラーと話すうち、もしかして自分もアルコール依存症では?と気づいた。

S・S 断酒5年(男性・31歳・不動産業)

離婚したくない一心で、精神科を探した

「精神科クリニックに行ってみれば?」
親戚の結婚式に参加するため地元に帰ったとき、弟に治療を勧められました。別居中の妻もそれを望んでいるから、離婚したくないのであれば、クリニックへ行った方がいいというようなことを言われたと思います。私が些細なことでキレて暴言を吐くことが原因でした。

彼女とはその3年前、23歳のとき出会いました。当時、私は就職浪人をしていましたが、彼女の影響でがんばろうと奮起して証券会社に入社。赴任地が遠方だったので、思い切って結婚を決め、就職と同時に結婚生活をスタートさせました。しかしお互いに、新しい土地での新生活はストレスが多く、気づいたら家庭の中が険悪になっていました。感情の押さえがきかず、彼女に「出て行け」と言ってしまい、彼女は実家に戻ってしまったのです。

弟に受診を勧められ、離婚したくない一心で、インターネットで会社の近くにある精神科クリニックを探し、思い切って行ってみました。今から思うと本当に幸運だったのは、その精神科に依存症の専門医がいたことです。診察で「特に薬はいらないと思うけれど、生きづらさがあるようなら、カウンセラーを紹介しますよ」と言われ、カウンセリングを始めることになったのです。

すんなり受診をしたのは、その前にたまたまうつの本を読んでいたからだと思います。自分に当てはまることが多く、何かを変えなければいけないとうすうす感じていましたが、それが何なのかわかりませんでした。わらをもすがる気持ちで週1回通い、訳もわからず自分のことを話すうち、少しずつ、肩の荷が下りていくのを感じました。

最初の頃の話は、仕事のことが多かったように思います。証券会社の営業の仕事は、朝、上司に怒鳴られることから始まります。カウンセラーに話を聞いてもらうことで、上司は上司で上の人から圧力をかけられ、ああいう言い方しかできないのだと考えられるようになりました。そんな中、カウンセラーが話す言葉がときどき心にひっかかるようになりました。

カウンセラーはどうしてだか、「年に数回しか酒を飲まないけれど、そのときに問題行動をとるので家族が困っているというケースもあるよ」「飲まないと落ち着かなくなるんだよね」「ものごとを歪んでとってしまうんだよね」といった感じで、ときどきアルコール依存症の症状について話しました。そのときはなぜそういう話になるのかわかりませんでしたが、自分に思い当たることも多く、だんだんと、自分もアルコール依存症では? と考えるようになっていったのです。

自分の飲酒問題を振り返る

私は15歳で酒を始めました。アルバイト先の先輩に勧められ、断わると「男らしくない」とバカにされるのではないかと思ったことがきっかけでした。ビール1杯で吐いてしまうほど弱かったのですが、無理して飲んでいるうちに、だんだんと飲む量が増えていきました。 大学3年になる頃には行きつけのバーができ、授業を終えると毎晩のように通うようになりました。その頃から、些細なことでイライラすることが多く、思うようにものごとが運ばないことが増えました。

就職と結婚が決まり、人生が上向きになったと思いましたが、実際は違いました。妻とはコミュニケーションがうまくいかず、自分で思うほど仕事の成績もあがらず、悔しさや惨めさから酒量が増えていきました。結果的に準備不足になり、そのまま現場へ行き失敗して惨めになるという悪循環が始まったのです。

この苦しさを、なぜ妻はわかってくれないのか。いつもそう感じていたように思います。彼女も初めての土地で苦労していたのに、彼女の話を聞いていると、自分が責められているような気がしてキレることが増えていきました。

彼女が実家へ戻ってからは、たまたま家に転がり込んできた友人と2人で毎晩飲み明かす状態でした。職場には妻が出て行ったことを伝えていましたが、惨めで、仕事に対する意欲もどんどんなくなっていきました。注文を取り間違えたり金額を間違えたりしてミスが増え、「おまえはもう来なくていい」と言われたこともあります。こんなはずじゃなかったと思えば思うほど、酒が止まりませんでした。

弟の勧めで精神科クリニックへ行ったとき、依存症に詳しい医師は私に飲酒問題があることを見抜いていたのだと思います。カウンセラーも、少しずつ私の心を解きほぐしながら、自然な形で飲酒問題に気づかせてくれました。

酒をやめようと決めたのは、週一回のカウンセリングを始めて3ヵ月目に、集中内観プログラムを受けたことがきっかけでした。過去のことをいろいろ振り返り、初めて妻に対し感謝の気持ちを感じたのです。私はそれまで、なぜ自分のことをわかってくれないのかと考えていましたが、実際はいつもわかろうとしてくれていたのではないか? あんなに大切にされていたのに、自分は何てひどいことをしてきたのか。変わらなければと思いました。

すべてが酒のせいかどうかはわからないけれど、まずは酒をやめることから始めようと思い、友人に出て行ってもらい、家の中にあった酒をすべて捨てました。カウンセラーに話すと「断酒会というのがあるよ」と教えてくれ、会場まで連れて行ってくれました。心の中には、酒をやめれば妻が戻ってきてくれるという期待もありました。しかし断酒会に入会した矢先、妻から離婚届が届いたのです。離婚が成立したのは、26歳の春でした。

戻らないものはあっても、酒はやめていた方がいい

妻のために酒をやめてやったのにと考え、投げやりな気持ちになりましたが、断酒会では、「無理をするなよ」「つらいときによく来たね」と温かい言葉をもらいました。「断酒の誓い」を読み上げたり「断酒」「断酒」という言葉が出てくることに抵抗を感じても、「また来週も来なよ」と言われると、じゃあ行こうかなという気持ちになり、誘われるままに例会に出席するようになりました。

最初の頃、1回だけ会社の仲間と飲みに行きましたが、これが最後の酒になるんだという心構えが自然とできていました。断酒会の先輩に「断酒3年経てば戻ってくるよ」と励まされたり、離婚した7年後に再婚した人の話を聴いたことも支えになりました。とにかく酒をやめ続けていたら、その先があるのかもと思えました。

職場の人たちにも「断酒会で酒をやめますので、例会へ行くため6時過ぎには帰ります」と伝え、酒をやめるための生活ができていきました。

それ以降、飲みたいという衝動に駆られることはあまりありませんでしたが、イライラすることが増えました。上司に「これをやっといて」と言われたり、不備を注意されたりすると、自分を全否定されたように感じてしまい、椅子を投げたくなるほどの怒りを感じるのです。先輩がゴミ箱を蹴ったのを見て怒りが沸き、食ってかかったこともありました。「おまえおかしいぞ」「断酒会へ行くなんてやめた方がいいんじゃないか」と言われたこともあります。

カウンセラーに相談すると「それが飲酒欲求なんだよ」と言われ、欲求はそういう形で現われるのだと初めて知りました。また、断酒したばかりの頃は落ち込むことが多くありました。些細なことで、もうダメだ、何もかもうまくいかないと感じてしまうのです。そういううつ症状も断酒直後にはよくあることだと知り、少し安心することができました。

徐々に精神状態は安定していきましたが、断酒1年4ヵ月目に、仕事を辞めて地元に戻りました。仕事上で特に問題はなかったのですが、営業はストレスが多いので、自分に向いていないとわかったからです。ハローワークを通して住宅リフォームの講習を受け、実家の不動産業を継ぐことにしました。

酒をやめて何がよかったか? それは、顔を上げ、前を見て歩くことができることです。当然のことではありますが、この仕事でもしんどさを感じることがあって、逃げたくなることがあります。けれどもやらないと自分の成長もないと思うので、自分を奮い立たせています。上を向いて歩けば、澄み渡る青い空も輝く太陽も見える。たまにつまづきそうになっても、支えてくれる仲間がいる。この仕事を軌道に乗せ、断酒会の活動を充実させていくことが今の私の目標です。

回復のカギ
●弟からの受診の勧め
●ネットで検索したクリニックに依存症の専門医がいた
●カウンセラーが自然な形で飲酒問題を気づかせてくれた

※写真は本文とは関係ありません

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