介入のカギ

何度も繰り返した内科入院。「あなたの問題はお酒です」「もう飲めません」と、もっと早く夫に言って欲しかった。

M(妻・70歳・主婦)

毎年のように入院するので、体の弱い人だと思っていたけれど…

私の夫はアルコール依存症です。この病気の難しさは、酒に対する正しい知識や依存症について知らない人が多いことだと思います。私も知らなかった、夫も知らなかった、周囲も知らなかった。夫は徐々に体を壊し、お互い傷つけ合い、夫婦の間も親子の関係もぐちゃぐちゃになっていきました。

今、私は依存症という病気や酒をやめる方法があることを知っています。けれども、もっと早く知っていたらと思う気持ちは常にあります。まだ苦しんでいる家族の人たちや、周囲の人たちにそれを伝えたい。そんな思いで私の体験を書かせていただきました。

結婚当初から、私は毎晩、夫の晩酌を準備していました。酒好きな人だと聞いていたし、私が育った家庭には晩酌の習慣がなかったので、酒飲みがどんなものかもよく知りませんでした。お互い戦後のものがない時代を生きてきたこともあって、好きなものを好きなだけ食べさせてあげたいという思いもありました。

夫が入退院を繰り返すようになったのは、結婚2年目からです。自律神経失調症、胃潰瘍、十二指腸潰瘍、事故と挙げたらきりがありません。30代で胃穿孔と腹膜炎を起こし、胃の3分2を切除。その後、残りの胃をまた切除し、横行結腸に穴が空いたときには、もう42歳になっていました。

生きるか死ぬかの状態で9ヵ月の入院となり、夫も苦しかったのでしょう、退院後は3年、酒をやめていましたが、再び飲みだしてからが大変でした。そして私もようやく、これは酒の問題なんだとわかり始めたのです。

誰が言っても酒をやめないのは、なぜなの?

夫は盆暮れ正月のたびに連続飲酒になりました。しんどくなると自ら近所の病院へ行き、1週間ほど入院して元気になり、再び飲むという繰り返しなのです。夫と消化器内科に行くたびに、主治医に「この人、酒ばかり飲むからこうなると思うんです。こんなに飲んでいて大丈夫なんでしょうか?」と相談しました。

ところが主治医は「他の病気で薬も出しているから飲んではダメです」と言うだけで、「それでも飲んでしまうのに、どうしたらいいんでしょう?」という私の問いには答えてくれませんでした。それどころか「あなたがそうやってギャーギャー騒ぐからいけない」と冷ややかな目で見られ、傷つきました。

親戚からは「あんたと結婚する前はこんなにひどくなかった」「あいつを酒飲みにしたのはあんただ」と言われました。孤立無援の状態で、何とか夫の酒をやめさせなければと思いしゃかりきになりました。ところが私が必死になればなるほど、夫は飲酒を隠すようになったのです。洗濯機、トイレの天井、布団の中……狭い家のあらゆるところから酒が見つかりました。

それでも夫は「飲んでいない」と言うのです。噓だと責めると、黙り込んで寝てしまうのでケンカにもなりません。そんなある日、夫の給与明細を見て、夫が仕事を休みがちになっていることを知ったのです。しまいには子どもたちからも「知ってるか? お父さん、お母さんの財布から金を取って飲んでるんだよ」と言われ、どうしたらいいかわかりませんでした。

自治会の人や夫が信頼している親戚に、「酒を飲んだらダメだと言ってください」と頼んだこともあります。夫はその場では神妙になって「わかりました」と答えるものの、後で「俺に恥をかかせやがって」と怒ってまた飲むのです。私はなぜ夫が酒をやめないのかわからず、憎みました。

ついには自治会の人たちにも「俺らが言ってもダメだ。お医者さんから言ってもらわないと」と匙を投げられ、でも先生は……と思っていた矢先、新しい医師との出会いがありました。夫がいつものように体調を崩して病院へ行ったとき、夜間診療だったため主治医とは違う医師が対応してくれ、初めて夫に対してはっきり「あなたの問題は酒だ」と言ってくれたのです。

その日はそのまま家に帰されました。夫が血を吐いたのは、それからしばらくしてからです。夏の暑い朝でした。タクシーで病院へ行くと、この前の先生が対応してくれ、「うちでは酒の問題は診られないから専門病院へ行ってください」と言って、入院しながら専門病院へ通う手はずを整えてくれたのです。会社の上司も駆けつけてくれ、夫に対し「あなたはいい腕を持っている。まだいい仕事をしてくれると思うから、治療をしてみたら」と勧めてくれました。そうしてようやく夫は専門治療につながったのです。

「奥さんも一緒に来てください。その方が早くよくなります」

私が「アルコール依存症」という病名を聞いたのは、専門病院から連絡があり、説明を受けに行ったときです。当時は夫の体が弱っていたことが心配だったので、すぐには理解できませんでしたが、初めて助かるかもしれないという可能性を感じました。「強制ではありませんが、これからはできれば奥さんも一緒に来てください。この病気はその方が早くよくなります」と言われ、私も週1回通院することにしました。仕事の後、自転車で30分かけて通うのは大変でしたが、やってみようと思えました。

夫の体調は、消化器内科の退院が決まった1ヵ月目辺りからメキメキよくなりました。そのことをいちばん実感していたのは、夫自身だったのかもしれません。もともとは真面目な性格でもあり、専門病院の院長の言うことをよく聞いて前向きに治療に取り組むようになっていました。

じゃあ、私にできることは何だろう? と考えました。体力作りのために、2人で毎朝5時30分に起きて散歩をすることを夫に提案しました。最初は会話などなく、2人でむきになって歩いている感じでしたが。

また、食事のことなら私にもできると思い、院長に相談すると、「毎日食べたものを書いておきなさい」と言われました。それを診察のときに持っていくと、栄養士さんがチェックしてくれるのです、「刺身はお酒のことを思い出すからやめましょう」「これはいいですね」など、いろいろ教えてくれることがとても役に立ちました。

こうして、秋には夫は仕事に復帰することができました。職場の理解もあって、早退OK、残業ナシという体制で始めることができたのはとてもラッキーだったと思います。夫は仕事と断酒会の生活を始めました。私が断酒会に参加するようになったのは、もう少し後です。

主治医からは「奥さんも断酒会に行った方がいいよ」と言われていましたが、何かの宗教のようなものだと思っていました。けれども会うたびに「行く気になりましたか?」と聞かれるので、仕方ないから1回だけ行ってみることにしました。するとみんなに「よく来たね」と歓迎され、うれしくて次も行くようになったのです。

といっても、何回目かのとき、夫の仕事関係の人がいて、びっくりして机の下に隠れたこともあります。後でその人も会員だとわかり(当然と言えば当然なのですが……)、依存症は身近なところにある病気で、ここは酒をやめるための場なんだということがだんだんわかっていきました。

夫のことを許せるまで

夫はその後、一滴も飲まずに断酒を続け、今年で20年になります。よくここまできたなぁと改めて思います。と同時に断酒会の中で、多くの依存症者とその家族を見てきて、少しでも早く専門治療につながることの大切さを実感しています。この病気は本人だけでなく、家族にも大きな影響を与えるのです。

飲まない生活が続くとやはりホッとしたし、このまま治療を続ければよくなると思えました。やめ続けている人を見ていくことで、少しずつ夫に対する怒りも解けていきました。それでも私は長い間、心の底では夫を許す気にはなれませんでした。親子関係も壊れたし、周囲に言われてきた言葉を思い出すと、悔しくて悲しかったからです。

夫は私たちに対しきちんとあやまったことがなかったので、「あやまるべきだ」と言ったこともあります。「口では誰でも言える。本当に悪かったと思えば態度で示すしかないんだ。許される問題じゃないし、許してもらおうと思わない」と言われ、それすらも頭にきました。

でも本当にその通りだったなぁ、と思えたのは、断酒10年目くらいです。私たちは共働きなので、夫は断酒後、家事を分担してくれるようになっていたのですが、気づいたら風呂掃除や洗濯を毎日してくれていて、家の中のこまごました修理や調整を自らやってくれるようになり、夫は変わったなぁと思いました。

夫のことを無視して自立して行った子どもたちが、電話で夫と話してくれるようになったのもその頃からです。それを見て、私も夫に対し少しずつ心を開けるようになっていきました。それからは、2人でお金を貯めて、あちこちの断酒会に行ったり、旅行に行ったり。断酒の喜びを分かち合える仲間たちと会う喜びや、新しい空気を吸ってリフレッシュすることの楽しさを知りました。

今、私はかつて夫の保険金で買ったピアノを弾いたり、水泳をしたりして楽しんでいます。夫は73歳から通信制の高校に入学し、76歳で卒業しました。13歳のときから職人として働いていたので、高校へ行っていなかったのです。そして昨年、大学の法学部に合格。夫が酒を飲んでいた頃には想像もできなかった未来を今、私たちは生きているのです。

酒で失ったものの中には、取り戻せないものあります。でも、酒や依存症に関する正しい知識と治療があれば、失うものが少ないうちに、人生をやり直すことができます。今は昔と違い、情報が多くあります。1人でも多くの人に正しい知識を知ってもらいたい。そう願ってやみません。

介入のカギ
●医師が酒の問題をはっきり指摘した
●消化器内科に入院しながら専門病院へ通う治療計画を立てた
●職場の上司が治療を勧めた

※写真は本文とは関係ありません

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