Doctor's Voice

小林 桜児 先生

神奈川県立精神医療センター
小林 桜児 先生

神奈川県立精神医療センター 外観

昭和4年に日本で3番目の府県立精神病院として診療を開始された「芹香院」と、昭和38年から全国に先駆けて麻薬中毒患者専門医療施設として収容治療を行ってこられた「せりがや園」が統合されて誕生したセンター。両院が有する長い歴史に裏づけられた質の高い精神医療によって、多くの人々の「こころの健康」を支え続けておられます。時代の流れとともに目まぐるしく変化していく精神医療の現場において、最新かつ最善の治療を提供し、県の精神医療の中核的存在だと言っても過言ではありません。中でも、依存症・ストレスケアの分野での専門性の高さが特徴です。

メッセージ

―アルコール依存症の治療に欠かせないものは何だとお考えですか。

何より必要なのは、根本的なアプローチです。一般的な診療では、初飲の時期やその後の飲酒量、内臓疾患の有無などといった経路について訊かれることはあっても、初飲のきっかけや飲み続けなければいけなかった理由などについては話す機会がなかなかありません。当センターでは、そこに隠されている本音の部分に目を向けることが大事だと考えています。
日本では、弱音を吐かず、我慢強くあることが美点とされていて、恨みや怒り、寂しさや不安といった感情を一人で抱え込んでしまう傾向がとても強い。人に頼ることが得手ではなく、他人を信じられないと思っている人も少なくないのです。そうした負の感情をやり過ごすために飲酒に走るケースでは、まずはその負の感情を共有・理解することから始まります。

―アルコール依存症になる背景にはどのような要因があるのでしょう。

当センターでは、アルコール依存症と他の精神障害との係わりについてや、アルコール依存症の患者さんの幼少期の体験についての研究にも力を入れています。アルコールはあくまでも表面的な問題で、その背後に主観的な苦痛が根強くあると考えられるからです。そもそもの原因を解決しないことには、お酒は止まってもパチンコや過食、ときにはパニック障害といった別の症状に移行するという結果になってしまいます。
アルコール依存症に苦しむ患者さんの9割に、いじめや虐待といった「逆境体験」があったという調査結果が出ていますが、そうした体験をした人が必ずしも依存症を発症するわけではありません。肝心なのは、そこに「精神的孤立」があったかどうか。それを踏まえて、患者さんの心理と対応をタイプ別に分類し、要因を把握することで適切な支援が可能になるのです。

―患者さんのレジリエンス(逆境力・回復力)を上げるために必要なこととは?

まずは、感情を吐き出せるようになれればいいですね。そのための相手や場所を得ることが大事です。当センターでは多数の治療プログラムを用意していますが、すべて「感情」をテーマに進めています。非難されたり軽蔑されたりすることなく、いかに本音を晒せるか、プログラムはそのトレーニングの場なのです。患者さんが自分一人で解決しようとしてしまうと依存症を発生させるリスクも高まります。「人から得られるリラックス」こそ、依存症の回復に不可欠なものだと言えるでしょう。

―そのためにも自助グループの存在は重要だということですか?

そうです。依存症の治療は、周辺の症状にも気を配り、患者さんが抱えている「心の病理」を知ることが必要です。嘘をつかざるをえない生き辛さに気づくこと、隠れた逆境に焦点を当てること。そうすることで、ガチガチだった心が弛んで、治療関係ができていきます。そうして初めて、自分の過去を受け止めることができるようになる。建前ばかりで生きてきた人が、辛さから逃れるためにお酒を飲んでも、得られるのはバーチャルな満足感や安心感でしかありません。心理的な孤立が解消しない限り、再飲酒は起こります。自分の過去を実感し、きちんと認識し、それを発言・発表することで得られる安心感ほど効果のある薬はありません。だからこそ、共感・共有してもらえる新しい人間関係を築くことが大切なのです。自助グループはそのためにも欠かせない存在です。とはいえ、すぐに自助グループにつながることのできる患者さんは決して多くありません。いかに患者さんを自助グループへとつないでいくかが、特に治療初期の援助者に求められる課題なのです。

―アルコール依存症に悩むご家族へのアドバイスをお願いします。

小林 桜児

何よりも、すぐにラクになろうとしないでください。アルコール依存症は飲酒を積み重ねてきた結果の慢性疾患です。お酒に頼る認知行動パターンを長い年月をかけて培ってきたのですから、すぐに変われなくて当たり前。すぐに飲酒が止まると喜び、またそれを期待し、裏切られて苦しい思いをするといったことの繰り返しにならないよう、すぐに変わるものは贋物だと承知しておいてください。患者さんは誰でも、家族の前ではいい人間でいたいのですから。
とにかく気長に、そして、無理に患者さんを変えようとしないこと。過干渉を止めて、適度な距離を探るのが第一歩です。ご家族が不安や怒りをぶつけなければ、患者さんの飲酒欲求は落ち着きます。そのために、まずはご家族が人に頼れるようになりましょう。



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