Doctor's Voice

副院長 猪野 亜朗

かすみがうらクリニック
副院長 猪野 亜朗

かすみがうらクリニック 外観

三重県北部に初めて誕生したアルコール専門外来のあるクリニックです。担当している猪野副院長は、「三重県アルコール関連疾患研究会」を内科の先生方とともに立ち上げ、連携によるアルコール依存症の早期治療の取り組みを1996年より進めてきました。この取り組みは、全国的にも注目され「三重モデル」として知られています。当クリニックでは、●愛を注ぐ、●現実を提示する、●実現可能な解決策を提示するという「気づきのための三原則」をモットーに、多面的なアプローチによる治療を目指しています。

メッセージ

—「三重モデル」について詳しくおしえてください。

私は県立こころの医療センター(元県立高茶屋病院)で1972年より35年間、アルコール依存症の治療に携わってきました。その過程で、三重断酒新生会の設立に協力したり、断酒の家やその中での診療所、単身者の共同住居の運営に参画してきました。その間に痛感したのが内科と精神科の連携の重要性だったのです。断酒会で耳にした「最初に受診した内科で“断酒”を勧められ、その際に専門治療機関を紹介されていたら、家庭も崩壊せずにすんだのに」という患者さんの言葉は今も忘れられません。アルコール依存症は早期の治療がなにより大事です。
1996年、内科と精神科の連携を目指す「三重県アルコール関連疾病研究会」を結成しました。県内各地の一般総合病院で、医師やケースワーカーらを対象に、依存症の兆候を早期発見し、専門治療へと繋げるための研修会を開き、アルコール依存症患者が専門治療機関へ早くたどり着くことを目指してきました。こうした取り組みが「三重モデル」として評価されているのです。
近年ではさらに、研究会から発展した「四日市アルコールと健康を考えるネットワーク」が活発に活動し、「四日市モデル」という言葉も生まれ、注目されています。信頼し合う関係、情報を共有する関係、互いに相手の立場を尊重し理解し合う関係作りが、「四日市モデル」の特徴です。

—具体的にはどのような取り組みをされているのでしょうか?

猪野 亜朗副院長

「三重県アルコール関連疾患研究会」では引き続き、総合病院などでの啓発を続けています。 「四日市アルコールと健康を考えるネットワーク」では年に2回、市民啓発のための集いを四日市市内の3つの総合病院内で開いています。また、総合病院の救急外来と地域連携室、保健所、消防署、警察署、一般精神科病院、専門治療機関を中心に、関係機関が係わって、「アルコール救急多機関連携マニュアル」を作成し、迅速な対処を実践しています。また高齢者の飲酒問題について、その特徴や介入方法などの発信も行っています。
ただ、ネットワークの形はできましたが、一人ひとりのスタッフの意識の変化はまだまだだと実感しています。もっとやり方を工夫して、ドクターや関係スタッフのモチベーションを上げていく必要があります。どこまで患者さんを救い上げることができたかの統計的な効果検証、どこまで困難事例にも連携して対応できたかの機能的な効果検証を行い、今後の活動に役立てていく予定です。

—そういったさまざまな活動を、積極的に推進される原動力は何ですか?

多くの患者さんと接する中で、本人はもちろんですが、なにより家族や周囲の人々の大変な姿をたくさん目の当たりにしてきたからです。家族らの苦しみは昔も今も変わりません。アルコールに関する満足な教科書もなかった時代から、何とか家族を苦しみから救いたいと思い、必要に迫らせて断酒会や診療所を作りました。
「どんな人でもなんとかなる」……それが、今の気持ちです。ネットワークを構築し、連携の力が大きくなればなるほど、治療が困難なケースでも治せる幅が拡がります。そして、そのような取り組みが全国に広がれば、もっと多くの人を救えるのです。もちろん、治療の甲斐なく亡くなる人もいますが、多機関が助け合うことによって、回復のケースが増えていくのを見て、ネットワークの大切さを痛感しています。
実は私自身も断酒経験者。もう16年になります。妻が病気の時に、息子から「親父は酒ばかり呑んでいる」と叱られてからお酒をやめました。その経験があるからこそ、患者さんへの説得力も増しているかもしれません。

—患者本人やご家族を医療現場に繋げることは容易ではないと思いますが……

アルコール依存症は否認の病です。だから、まず最初に家族に介入して、その結果、家族が変わることによって、本人を治療に動機づけるというプロセスが必要です。クラフト法や、家族から患者へ手紙を書いて、患者が飲酒問題に気づき、治療につながることを望んでいることを伝える手紙療法、患者と家族の関係を良くするようにコミュニケーションのスキルを身につけるアサーション・トレーニングなどを行っています。
最近、患者を自助グループに繋げる新しい方法を始めました。というのは、これまで断酒会に参加して欲しい患者さんに、私の名刺の裏に「断酒会の皆様、この方をよろしく」と書いて、断酒会に参加しやすいように工夫しても、患者は例会に参加することはほとんど期待できなかったからです。そこで、三重県では自助グループの人達と協力し合って、SBIRTS(Screening:スクリーニング、Brief Intervention:簡易介入、Referal to Treatment & Self-help group:専門治療と自助グループへの紹介)を実践しています。この三重方式で回復者が増えています。具体的には、外来診察の終了と同時に、その場で断酒会の人にスマフォで電話し、繋がったら、患者さんと断酒会の人で話をしてもらいます。断酒会の人から、例会はどこで開かれているか、どんな人が参加しているか、どんな話をするのかを自分の体験も混じえて話してもらいます。こうすることで、断酒会へのイメージが変わり、また、知っている人がいるということで、例会参加の敷居が低くなるのです。自助グループの原点は、断酒している人と今も飲酒で苦しんでいる人の「2人の出会い」です。現代的メカを使って出会いを作ろうというのが三重方式です。長期予後を考えると、不可欠です。

—ご家族を苦しみから救うためにはどうすれば良いのでしょうか。

医学の進歩によって、アルコール依存症における家族の苦しみが明らかになってきました。酩酊状態時は、脳の機能が低下し、衝動や感情のコントロールができず、攻撃的になります。また、アルコールからの離脱時には、不安感や焦燥感やイライラ感が大きくなり攻撃的になります。飲んでいても、素面になっても患者の攻撃に家族は晒され、苦しむことになります。ご家族にとっては24時間大変な状態です。こんな時、大概の家族は患者の飲酒に巻き込まれてしまって、結果的に飲酒を促進してしまいやすいのです。巻き込まれてしまうと、家族が望む断酒を得ることができません。家族には専門治療や自助グループの支援が不可欠なのです。
こんな家族や患者を困難から救い出すために、「アルコール健康障害対策基本法」の制定に向けて働きかけてきました。2013年12月にやっと成立し、2014年6月に施行され、国をあげてのバックアップが実現したのは大きな一歩だと思います。
依存症はあくまでも病気なのです。治せる病気だからこそ、一緒にチャレンジしていきましょう!

※クラフト法:家族が患者への効果的なコミュニケーションを増やすこと、家族の対応を変えて患者が飲酒問題の現実に気づくようにさせること、家族がストレスを軽減して、患者への感情的対応を減らすこと、患者に受診を適確に促すこと、これらを家族に教えます



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