Doctor's Voice

石川先生

東北会病院
院長 石川 達

  • 東北会病院
  • 〒981-0933 仙台市青葉区柏木一丁目8番7号
  • TEL:022-234-0461 FAX:022-274-2643
  • http://www.tohokukai.com/
東北会病院

東北会病院は明治39年の開設以来、100年を超える長い歴史を持つ精神科病院です。アルコール依存症治療の他にもインターネットやギャンブリングなどを含めた様々な依存症の治療に取り組み、東日本大震災の被災地支援をはじめとする地域支援も精力的に行っています。

メッセージ

—東北会病院の特徴は何でしょうか。

東北会病院

外来新患では、アルコール依存症やうつ病やストレス関連障害の患者さんが多く、新患全体の9割以上を占めています。1年間の新患数は約800人のうち、アルコール依存症者が300人、次いで気分障害、神経症性障害の順です。また、入院もストレス関連障害の患者さんが落ち着いた環境で療養に専念できるように、平成18年からストレスケア病棟を開設しました。

—宮城県でのアルコール問題はいかがですか。東日本大震災の影響はありますか。

東北会病院 室内

震災後、アルコール依存症で来院される方は増えています。震災直後から「みやぎ心のケアセンター」と連携して、予防的な啓発や広報、行政職員や支援者の研修などを続けています。このような取り組みによって、東北地方のアルコール問題に風穴を開けられたら、という思いがあります。当初は、不眠や不安などのメンタルヘルス全般への支援が中心でしたが、2年を経てようやくアルコール問題が事例としてあがるようになってきました。
東北地方ではお茶代わりに昼間から酒を飲む所も少なくないのです。とくに津波被害の大きかった沿岸部では、マグロなどの遠洋漁業から戻って陸にあがることは、「ハレ」のお祭りで、朝から飲むことも日常的なことです。またアルコールへの寛容度が高く、精神科への偏見もあるため、アルコール問題を前に出すと「大丈夫ですから」と否定されるので、まずは睡眠について相談できる安眠カフェを作り、「夜眠れますか?」と声を掛けることから始めました。

—関係機関と連携しながら、被災地域を支援してこられたのですね。

仮設住宅には被災者の生活を支援する生活支援員がいます。彼(女)らは毎日訪問するのですから、被災者の問題を一番よく知っているキーパーソンである一方、自らも被災しているのに泣き言も言えず、とても負荷がかかる状況にいます。そんな生活支援員をケアしようということになりました。生活支援員を対象にうつ病、アルコール問題、自殺などのストレス関連疾患に関する講義をし、愚痴を語れる場を作ると、アルコール問題が次々に出てくるようになりました。 これまではアルコール依存症と診断された中でもお酒をやめる気持ちのある人だけが治療対象でした。これは本人がその気になるまで待つやり方なので、亡くなる人も多かったのです。このような“底つき”になる前に、アルコール問題を持っている人が飲酒問題を軽減し、より被害が少ない飲み方にする “底上げ”を目指しています。当院では、初診の患者さんを、アルコール依存症、高リスク飲酒者、低リスク飲酒者に分けて、関係機関と連携しながら、各々に応じたきめ細かな対応を始めています。

—具体的な治療プログラムについて教えてください。

東北会病院 室内

基本的には診察の後、断酒か、保留して試験断酒を表明していただいてから治療が始まります。入院は原則として12週間で、解毒(身体面の回復)、リカバリ(酒なしの生活習慣の確立)、再発予防(ストレス対処方法の確立)を目的としています。外来治療の場合は初心者治療プログラム、デイケアプログラムがあります。
プログラムは心理教育プログラムやグループセラピー(集団精神療法)、レクレーション療法、認知行動療法などを織り交ぜたものです。また、高齢者、若年者、女性など属性に応じてグループセラピーも行っています。特に、女性の患者さんでは、摂食障害、他のアディクション問題や気分障害を抱えていることが多いので、各々問題別のプログラムが併用されます。
健康のために飲酒量を減らしたい、飲酒習慣を変えたいという方を対象にした節酒プログラムもあります。これは入院やデイケアとは全く別の流れで行っており、飲酒日記などを活用しています。断酒は無理だということで、敷居を下げ節酒プログラムを始めたものの、その過程で禁酒の必要性に気づかれ、入院される事例も少なくありません。

—自助グループとの関係はいかがですか。

デイケアなどのプログラムには断酒会やAAなどが入っていますし、治療の一環として院外の自助グループに通ってもらいます。
まだ日本でAAが始まったばかりの頃、入院中の患者さんを南多摩の米軍キャンプのAAに連れて行ったことがあります。みんな赤裸々に正直に語り、誰もが笑って聞いていました。「東北のアルコール依存症患者が暗いのは多分太陽のせいだ。明るいところに住んでいると、患者も明るいんだな」と私が話すと、お腹を抱えて笑われました。でも、聞いてみるとメンバーは山形や青森の出身でした。そのようないきさつから、それまで抱いていた回復のイメージが基本的に間違っていたことに気づかされました。当時入院中の患者さんたちとAAの本の読み合わせを始めて、半年後には仙台にAAが発足しました。その後、同じように当院を退院した患者さんを中心に宮城県内にOA、NA、GA、ACODA、EAなどの自助グループが誕生していきました。
この近辺の自助グループは、ほとんど当院の卒業生が作ったようなもので、仙台から東北全域に広がっていきました。AAの他、薬物依存症、過食症、暴力を振るうなどの情緒不安定な人、セックスの問題を抱えている人、ギャンブラー、借金を重ねる人たちの自助グループなどたくさんあります。当院が宮城や東北の依存症関係の発信基地になっていると思います。

—これまで接してこられた中で、印象深い患者さんはいらっしゃいますか。

東北会病院 室内

初めて、「アル中になって良かった」と話してくれた患者さんのことが強く心に残っています。彼は貧しい農家の三男で、近くの農家に奉公にだされた後、集団就職で上京したものの酒での失敗が重なり、田舎に連れ戻され入院になったものです。入院中も抗酒剤を飲みながら、酒も飲むということを繰り返していました。
口下手で、読み書きも苦手でしたが、退院させられることを恐れ、AAにだけは通っていました。AAで親しくなった仲間から、テキストに送り仮名をふってもらったり、読み書きを教えてもらったりしました。そのうちに、いつの間にか禁酒の日が増えていきました。 その後、AAの仲間と日曜日ごとに遊びに行ったり、他県にメッセージに行ったりするようになりました。彼があるとき「アル中になってなかったら、田舎で遊ぶことも知らず、人の良さをわからないまま死んだに違いない。酒のおかげでたくさんの仲間と知り合えて本当に幸せだ。アル中になって良かった」というわけです。そんな彼を見て、たくさんの人が酒をやめていきました。アルコール依存症は本当に孤独な病気だから、そばに回復を信じる人がいて、人の輪で包んであげれば、誰もが回復できるということを、彼に教えられました。

—最後に、ご家族の方へアドバイスをお願いします。

石川先生

ある患者さんがお酒をやめた結果、奥さんがうつ病になったことがあります。「夫に酒をやめさせるのが私の生き甲斐だったのに、先生が奪った」と恨まれました。実際、妻の入院を機に夫のアルコール依存症治療効果が上がることがあるのですが、夫と妻のどちらが健康でどちらが病気ということではなく、共依存で家族全体の関係がおかしくなっているんですね。まずは、ご家族がセルフケアをして楽になって欲しいと思います。家族が楽になると、本人のお酒の問題が変わってきます。
アルコール依存症の人は、助けを求められずに過剰に頑張ってしまう、泣き言や愚痴が言えない、言わなくてもわかるだろうという世界で生きてきた人たちです。夫が「おーい、お茶」と言えばコーヒーか紅茶か煎茶かわかるというご夫婦がおられましたが、特に東北では「わからないのは女として失格」という規範があります。でも、そういう関係は疲れるし、傷つく。まずは、夫婦間で新しいコミュニケーションのパターンを身につけることが治療になります。「父ちゃん、あんたにそう言われて私は悲しい」と自己主張をしたり、嫌なときは嫌だと言えるような基本的なコミュニケーションを勉強して、家族全体がハッピーになってほしいと思います。



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