Doctor's Voice

熊谷先生

雁の巣病院
院長 熊谷 雅之

  • 医療法人優なぎ会 雁の巣病院
  • 〒811-0206 福岡市東区雁の巣1丁目26番1号
  • 電話:092-606-2861 FAX:092-607-2211
  • http://www.gannosu.org/index.html
雁の巣病院 病棟外観

アルコール関連問題において福岡県の中心的な役割を担う雁の巣病院は、福岡県の飲酒運転撲滅対策医療センターとして唯一指定されています。ここでは、「患者・家族が納得いく医療」を理念に掲げた医療が行われています。

メッセージ

—雁の巣病院の特徴を教えて下さい。

雁の巣病院 エントランス

基本的に、病院の事情で治療をお断りすることはありません。受付で「素面の時に来てください」と言う病院もあるのですが、少々お酒の匂いがしても、お話ができる状態であれば応じています。
24時間365日の相談対応も特徴です。精神科の患者さんは、特に夜間不安になって眠れないことが多々あります。患者さんやご家族が困られた時に即座に対応できるよう救急医療体制に力を入れています。精神科救急病棟は一般の精神科病棟に比べて医師や看護師の数が3倍必要など厳しい基準があります。専門性の高い手厚い治療が可能な反面、一般の精神科に比べて費用がややかかります。しかし、入院期間は通常の入院期間の3分の1に短縮されるので、費用的には損失はないと思われます。早く退院できれば、社会復帰も早まります。

—医療関係者の育成にも力を入れておられますね。

臨床研修指定病院(協力型)なので、1ヵ月単位で研修医が勤務しています。また日本精神神経学会研修指定病院でもあります。医師の他にも、看護師、作業療法士や理学療法士、ソーシャルワーカーなど多くの方が研修を受けています。スタッフは「教えることが自分たちの勉強になる」と常々言っていますが、私たちの役割は他にもあります。研修医は必ずしも精神科医になるわけではありませんが、一般科の医師が少しでもアルコール依存症の理解を深められるよう、アルコール問題も義務教育として研修に組み込んでいます。いかなる場合であっても患者さんを毛嫌いせずに応対することや、何かあったら専門医療機関に相談できる関係づくりも重要だと考えています。

—病院理念の「納得のいく医療」とは、どのような意味ですか。

患者さん・家族の皆様、そして私たちスタッフが納得のいく医療を目指しています。患者さんとご家族にまず納得していただく、私たち医療スタッフの納得は最後という順番が大切だと思っています。たとえ私たちが最高の医療を提供したとしても、患者さん、ご家族がそれを望んでいなければ、それは決して良い医療とは言えないと思っています。
患者さんに納得していただくために、強制はせず、患者さん主体で治療を進めることが重要と思っています。自殺するか酒を飲むか迷った挙げ句、飲んでしまった患者さんを非難するのは、血圧が高くなった人に、「お前は駄目だ、退院しろ」と言うようなものです。
「なぜ飲んだんだ!」と聞いても患者さんは答えてくれません。「あなたは頑張っていたのに、なんで飲んだの?不思議なんだけど教えてよ」と聞いて、「だって、先生こうだから」と自分の思いを話していただくことをきっかけに、今後どうすればよいか患者さんと共に考えていきます。
またアルコール依存症という診断名にもこだわらないようにしています。「あなたは依存症ですよ」と言っても、多くの人は「違う」と言います。ただ、何らかの理由があって来院される患者さんは、アルコール問題があること自体は否定しないものです。「確かに酒を飲んで肝臓が悪くなった、でもアル中まではいってない」と。「結構です。あなたがアルコールについて問題を感じているなら、アルコールについて少し勉強してみませんか?」という形で治療をスタートします。

—治療プログラムは具体的にはどのようなものですか。

雁の巣病院 外来棟中庭

初診時に入院治療と外来治療の違いを説明しています。入院治療は24時間スタッフがいますので濃厚な治療が提供できます。当院は先駆的にアルコールデイケアにも取り組んできましたが、外来治療(デイケア)では入院治療と同じようなプログラム行っています。ただし、外来は自分の意志で約3ヵ月お酒を飲まないでいられることが条件です。月曜日に初心者コースがありますので、月曜日だけお仕事を休まれて通っていただくことも可能です。入院か外来を選択するのはご本人に任せています。
治療プログラムは久里浜医療センター(神奈川県)が提供する久里浜方式と呼ばれるプログラムに準じたものですが、更に心理劇を治療プログラムに活用しています。ソーシャルワーカーのうちアルコール関連問題ソーシャルワーカーが3名勤務しており、福祉や生活問題にとどまらず、アルコール関連問題について十分な知識を持って対応しています。
デイケアでは、訪問看護にも力を入れております。外来治療だけではわからない自宅や自宅周辺の環境、生活パターンやご家族のことなど治療に役立つ多くの情報が得られます。

—自助グループとの関係はいかがですか。

患者さんが自ら自助グループに行くのはなかなか難しいこともあり、毎週金曜の夜に、自助グループの方々に病院に来ていただいて体験発表していただいています。アルコール依存症から回復した人の体験談を聞けるだけでなく、福岡近辺にどのような自助グループがあるのかを知り、選ぶ機会になっていると思います。ご家族の思いを大事にすることも大切に考えていますので、家族会も院内で月3回ほど開催しています。

—福岡県条例に基づく飲酒運転撲滅対策医療センターの指定を受けておられますね。

福岡でまだアルコール医療が根ざしていない頃から、関係機関と勉強会を行うなどネットワークづくりをしてきました。アルコール医療では地域との関わりが非常に重要だと思っています。20年以上前から週1回、市内の数カ所の保健所に出向いて患者さんやご家族の方のアルコール相談を受け、一般住民や保健所職員、福祉職員らを対象にした研修も行っています。また、飲酒運転撲滅対策医療センターとして、連絡会議に参加し、一般の方や専門職の相談を受けるなど、飲酒運転是正プログラムの作成なども行っています。

—これまでのご経験の中で、印象深い患者さんはいらっしゃいますか。

雁の巣病院 病棟中庭

関西のアルコール依存症専門病院を総なめされた患者さんが来院されたことがあります。そのような方を私が治せるはずがないと思ったのですが、当院での治療を受けられ、今は断酒会の会長をされています。まさかあの人が、と私たちも、本人も、周囲もびっくりするような方が回復されるのを何人も見てきました。人間は、変われるのです。そのような関わりが持てるのは本当に感慨深いです。
それから、以前はアルコール依存症治療において節酒はタブーとされていましたが、節酒から断酒に変わる人も結構いらっしゃいます。ある年配の男性が「肝臓が悪いから酒を減らしたい」と来院されたことがあります。1日6合か7合は飲むというので、1ヵ月間5合に減らしてみることしました。真面目に酒を減らして1ヵ月後に来られましたが、検査しても改善していない。4合にしても治らない。3合、2合、1合と、半年くらい経った時「5勺でいきますか」と私が言うと、しばらく考えてから「酒、やめた。5勺なら、もう飲まんほうがよか」とおっしゃったんです。初めから酒をやめろと言うとそうはいかなかったと思います。ご本人が1つずつ納得しながら選んでいく。納得のいく医療というのは、そういうことだと思います。
実は今、お酒をやめることが目的ではない、敷居の低いアルコール医療をめざして、「お酒の上手な飲み方外来」を始めようかと思ってるんですよ。これは早期発見にもつながりますしね。

—最後に、ご家族の方へアドバイスをお願いします。

熊谷先生

アルコール依存症の患者さんは真面目で優秀な方が多いです。ただ、少し生き方が下手なだけで、上手な生き方をするためにお酒をうまく使えない、お酒が合わない人たちなんですね。私たちの治療の目標はお酒をやめることではなくて、お酒を飲まずに上手な生き方をしてもらえるようになることなんです。
私たちは、無理強いはせず、じっくりご本人、ご家族が納得するまでおつきあいします。お酒について少しでも問題を感じていたら、気軽に相談してください。それが解決のきっかけになるはずです。
アルコール依存症は回復できる病気です。七転び八起き。100回転んでもいいから1回だけ多く、101回起きてほしい。何がきっかけで成功するかわからないから、最後まで諦めないでほしいと思います。「あなたが悪いわけじゃない。一緒に頑張ろうよ」というメッセージを送りたいです。



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